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真夜中の図書室

通訳案内士試験(仏語)合格までの記録と多言語読書の日々

欠点を見るのは誰しも嫌だ

[私的語学学習]

検定試験の復習と採点をしました。リスニングでいきなり2問間違え、結局3問も間違えてしまっていたのは結構ショックが大きかったです。そして語彙の問題でも結構間違いがあり数問間違ってました。

 

リスニングは多分に技術がモノを言ってきますので、少し練習を重ねればある一定程度で大きな失点もなくなることでしょう。そして一方の語彙はとどの詰まり知・不知の範疇の問題ですから間違ったことは逆に自分にとってはプラスの知識となっていきます。

 

問題は和訳と中文訳がどの程度の評価を得るかという点。今回の受検は何よりもこの2つのポイントに的を絞っていたので後日送られてくる合否通知がとても楽しみです。

 

何にしても完璧なんてことはありません。試験なんて受けると自分の欠点を嫌というほど突きつけられる羽目になるので気分は良いはずもないのですが、普段見て見ぬふりをしてしまう自分の欠点を試験という形式を通してきちんと指摘されるのは今後の語学学習においてメリットがたっぷりあり、絶対に直視しておきたいものだと考えてます。

 

さて、普段の学習は相変わらず読書を柱としたもので進行させてますが、今は英語と中国語を同時に読んでいるところです。というのも英検を受検するためで感覚を少しでも意識に上らせておきたいからですね。多言語学習の継続と実力の向上はなかなかではいかないところもあるのは事実。それでも、数か月前の自分との比較をすると確実に「分かる」ことが増えているのを感じられるとまたそれが好循環となって学習を継続させやすくなります。今日やって明日出来るようにはならない語学学習ですが、そういう性質のものだからこそ気長に一生の伴侶として付き合い甲斐があるというものですね。

試験後の対応

[雑記]

試験の一つが終わりました。やれやれ終わったなぁという思いは一切無くて、むしろ自分の普段の不勉強さを感じたことが大きいです。問題用紙に印刷されている中国語を再度見直し試験をフルに利用し尽くします。

 

昨日の記事内で試験対策について私に聞いていたもう一人の受検生のことを書きました。私は彼の質問に対し簡単に「本を読んでます。」と答えただけで、それ以上の対応はしてません。なぜなら、試験の”対策”を念頭に置いた日常の語学学習などばかげていると考えているし、合格至上主義に陥り、小手先の技術だけに必死になっても得られるもの、残るものなどないと分かっているから。

 

それに、そうした質問する人というのは試験の結果だけが大事であって、ダメならふさぎ込み、良ければ逆に自分の能力を信じられないくらい過大評価して、試験後の学習をおろそかにしがちだからです。

 

語学学習に終わりはありません。卒業証書が発行されることは無いのです。試験に受かる受からないなどということに拘るあまり、本来の語学の力つまり言葉の力をつけることを怠ってしまうことはあってはならない事です。でも、試験に受かることに血道をあげる人があまりに多いのは世の中が「結果」の価値を重視しているため。「結果」を出すことは資本主義経済においては最上位に価値がおかれることですから、語学に対しても同様の姿勢で臨んでしまうのも理解できない訳ではありません。

 

然しながらやはりそれでも結果のためなら手段を択ばず…的な学習には個人的非常に強い違和感を覚えてしまいます。この辺りの現実と理想との葛藤はいつも私の中にあるテーマでこれはおそらく今の社会の構造が根本的に変わらない限り、結果至上主義が主流であり続ける傾向は変わることはないだろうと考えてます。

 

さて、次は口述試験があり6月の英検と仏検があります。普段の学習メニューをどのように配分していくか、どんな内容を盛り込んでいくかがとても難しく頭が痛いところです。語学力をつけることに主眼を置いているので結局は自分のオツムが欲するところに従って養分を与えてやるだけでしょう。それしか出来ないですし、それが根本だと考えてます。

中国語検定準1級受検

[雑記]

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隣県の松江市にて中検準1級試験を受けてきました。受検生総数は私を含めて2名。もう一人の受検生は今回3回目だとかいうことで突然私に『どうやって勉強されてますか?』と尋ねてきて驚きましたね。

 

さて、受検の方はどうだったのかというと、結論としては落ちることはないだろうけれど迷った箇所がいくつかあり、なかなか曲者の試験だなという印象です。

 

まずリスニングから始まりましたが、リスニングの朗読文がとにかく長い!!こんなに長かったっけ?と思うくらいの長さで、中身もボリュームたっぷり。さらに書き取り問題は与えられる書く時間が短くて文字が全体的に殴り書きになってしまいました。準1級試験も答案用紙の選択肢には何もなく、ただ数字が1〰4まで並んでいるだけでしたので、形式的には1級と変わりない。要するに中身の濃度の違いがそこにあるだけなんでしょうね。

 

そして中文読解と和訳。和訳は1級に比べるとストレートに聞いてきているようなレベルでたいしたことはありませんでした。

 

中作文。1級との違いがどの程度なのか不明確なところですが、内容的には平凡な日本語を中国語にするもの。文章の意味が分かりやすいものでしたからそれほど難しいとも感じないものでした。

 

総括。あいまいになっているものはやはり迷いの元です。普段から辞書をじゃんじゃん引きまくる必要があり、準1級のレベルで「これは?」というような語句が存在しているようではダメ。中国語は次のより高い平原を目指すべき段階にきており、今を逃せばおそらく将来今のようにシャカリキになって取り組むことは最早できなくなってしまうことでしょう。このような感覚をもたらしてくれた今回の試験は本当に受検のし甲斐があったというものです。

 

結果もわからないのに気が早いですが中検の口述試験は初体験となるので1級試験の下見のつもりでいこうと考えているところです。乙。

新講座

[私的語学学習]

NHK語学講座が新たに開講します。ちらっとネットでテキストを見たんですが、英語で読む村上春樹シリーズがなくなったみたいですね。それはさておいて英語の講座がかなり充実しているようで、遠山先生のラジオ英会話も継続です。ご病気をされていたと告知があったので心配しておりましたが一安心。

 

さぁこの春何をしようかな?と迷うところですけど、私は『暇つぶし』にハングル講座を聴講します。今でも時々聞いてはいるんですが、耳学だけでして文字がどうもしっくりこなくなってきていてちょっとイカンなぁと感じていたところでした。レベルアップ講座も3か月分が1冊になってたりして便利ですので、これまた『暇つぶし』にやります。

 

暇つぶしとか言うととてもまじめにやっておられる方の不快感をあおってしまいそうですが、最初っから肩に力が入りすぎると大体何事も続きません。続けるためにはダラ~っとした感じでゆんるりと向かっていった方が結果としていいように思います。

 

今年は中国語をメインにし、フランス語は基礎から再度やり直し、英語は英検を受検したりと何かと足元を見つめる一年になりそうな感じ。これまではあまりにも拙速に事を推し進め過ぎていたのでもう少し力をためる期間を置く必要がありました。まさにこの一年がそうなんだと感じてます。前に前に進むばかりが能じゃないです。自分の脚力の良し悪しをきちんと見極めることも大事です。いろいろと語学学習で悩んでいる人も多いと思うんですが、前に進むことと基礎を大事にすることは矛盾するものじゃありません。逆に常に基礎に立ち返る姿勢を保つことはすべてのことに共通する大事な心構えだと思います。

 

春はもうそこに来ていてそわそわしちゃいますけど、最初の勢いだけでしぼんでしまわぬようにしたいものですね。

[雑記]

昨日は森友問題とやらで日本中は大騒ぎだったみたい、ですね。でも、私はそんなこと関心がなくて、むしろ英国でのテロニュースにかじりついてました。いつもyoutubeで視聴しているfrance24ではずっとテロの話。日本は森友問題の話。正直なんだこりゃ?です。この2つの国のニュースの差はなんだか一面滑稽で一面悲しく感じたのは私だけでしょうか。

書虫6

[書虫]

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中国語読書3冊終わり。

 

1冊目:『EAT PRAY LOVE』

映画化もされてますよね。映画まではさすがに見てはいませんが、率直に言うと、あまり面白くなかった…。私は女子ではないので主人公の行動が今一つ理解というか、ついていけない部分があまりに多くてどうにもなりませんでした。まぁ中国語のお勉強だから、、と自分に言い聞かせて読み切りましたが、金返せ!レベルの作品です。

 

2冊目:『KITE RUNNER』

これも映画化されてます。ミニシアター系で公開されたようです。中国語では10年ほど前にベストセラーになっていたのは承知していましたが、ずっと中国語とはご無沙汰でしたので、読むこともなく今日まで来いてしまいました。ずるずると…。今思えばもっと早く読むべきでしたね。心をぐぐぐっと鷲掴みにする物語です。舞台はアフガニスタン。平和な日々を送っていた主人公の少年と召使として住み込んでいる同年代の男の子のお話し。このように書くとなんともノンビリした話に見えますが、ソ連のアフガン侵攻、そしてその後の二人の少年の運命がとてもいたたまれなくて何度も読書を中断してしまったくらいです。泣けます。とても素晴らしい物語です。英語版、日本語版どのバージョンでも構いません。とにかく私は一押しです。読まずに死ぬなんてことないようにして下さい。

 

3冊目:『THE STORIED LIFE OF A.J.FIKLY』

翻訳本部門で本屋大賞を受賞している作品。いろんな小説が登場します。以前に読んだ『THE BOOK THIEF』も出てきますよ。読んでない人のためにネタバレになるようなことは書きませんが、途中いろんな出来事があってつらくはなりますが、結果としてとても気持ちが暖かくなる作品。すーーーっと読み切れました。こんな物語をもっともっと読めたらいいなと思いますね。

 

中国語書籍を発注をかけてかなり経ちますがまだ手元に届きません。なので、その隙に1冊英語で読書ということでつないでいきます。フランス語は次の中国語の本を1冊読み終えてから再スタートです。考えてみればもうすぐ試験なんですよね~。ま、どうでもいいことですが。

手持ち

[雑記]

手持ちの中国語の本がネタ切れです。読了期を予想して新たな本を発注かけてるんですがいつも間に合いません。待つより他はないですね。そんな待ち時間の間に4冊日本語の本を読了。まだまだ読みたい本、読んでおくべき本が私の個人的な書籍リストにあげられてます。来年12月の試験まではびっしり予定もつまっていて、病気やケガ、事故には特に気を付けないと考えていることを実行にうつせなくなってしまうので、少々のこともおおらかな気持ちで受け止めて日々を送るしかないのでしょう。

 

そういえば、世界で一番幸福度の高い国ランキングが発表されてました。FRANCE24で紹介されていたのでフランス語分かる方は字幕スピードにちゃんと追いついてみて下さい。

 


Quel est le "pays le plus heureux du monde" ?

ドキュメント

[TVピープル]

手持ちのキンドル端末がどうやら寿命のようです。一回のフル充電で理論上は2,3週間は持つはずなのですが、3日で尽きてしまいます。辞書として外出する際にはとても重宝しているものなのですぐにバッテリーがなくなるととても困ってしまうんですよね。この際ですから新しくなったキンドルFIREに乗り換えようと思います。

 

さて、録画でためていたドキュメンタリをいくつか消化しました。昨晩夜にNHKで放送されていたシリアのアレッポの病院に焦点をあてたものや、台湾の「イノセンス・ププロジェクト」そして香港をとりあげた「ドキュメント72時間」さらに上下2集ある「政府は嘘をつく」というオリバーストーンのドキュメンタリです。

 

いわゆるバラエティは原則的には見ない(「世界まるみえテレビ特捜部」は楠田枝里子さんの時から見てる。これだけは例外だね。)ので普段のテレビ視聴時間は0時間です。その代わりドキュメンタリを多く見るようになりました。刹那のお笑いで時間をつぶしてその日をやり過ごすことに少々疑問を感じていたことがその理由かも知れません。

 

さて昨晩放送されていたシリアの特集はもうどういって良いのか分からないくらい悲しすぎました。ドキュメンタリを見て涙が出たのは初です。国際社会は結局何も出来なかったんですよね。無力感は半端ない。病院さえ狙い撃ちするのは人間のすることではないでしょ?

 

こうしたドキュメンタリを見ていると私たちの生活は正に「奇跡的に平穏である」であるということを感じざるを得ませんし、そうした奇跡を当たり前に受け止めるのではなくもっと大切につないでいかないといけないという強い思いが心の中に生じてきます。年をとったからかも知れませんが、平和であることの有りがたみを感じることが最近とても多く、静かに本のページを手繰れるのも正に今日本が平和であるからこそなんです。

 

色々不平不満が生活の中にあってそれが悩みの種、なんていうこと考えてみればアホみたいなもので、何でもないことです。接する視点があまりに狭いからでしょうし、それが全世界になってしまっているからでしょうね。もっと外に目を向ければほとんどの悩みはなんでもないことなんだと気が付くはずです。それに気が付かなくなるほど感覚が鈍化するのを回避するためにも日々の暮らしに慣れすぎないようにすることも大事だなと思う今日この頃です。

もうすぐ

[雑記]

このブログを開始してから3か月ほどが経過しました。とにかく目立つようなことはせずにひっそりと自分の考えを纏めることが出来るようなブログにしようと考えていたので訪問数を伸ばそうとかブログ仲間を増やそうといったことは気にはしていません。たまにワード検索でヒット数が伸びる時がありますが、普段はほとんど誰も見ることのないブログですから、何でも結構気にせずに書けるのが心地良く感じられます。

 

来週からいよいよ試験がスタート。中国語、英語、フランス語の試験をうまく配分しながら最終的にうまく実力向上につなげていくことが狙いです。結果の良しあしとかいったものは私にはどうでもよいので、どんな角度から攻められてもきちんと受けて立てる力をしっかり獲得する。これが大事ですね。

 

ようやく週末になり、天気もいい。この冬は大雪で難儀をしただけにこの春の陽気を満喫したいものです。

 

卒業

[雑記]

街中に若者があふれています。卒業式も終わったので新学期が始まるまでの間、言ってみれば「人生のインターバル期間」みたいなものになるのでしょう。ゆっくり出来るのも今のうち。おおいに自由時間を楽しんだらいいと思います。

 

さて、最近気が付いたことですが私もある意味卒業を迎えました。別に大仰なことではありませんが、何からの卒業かと言うとそれは『NHK講座』からの卒業です。

 

もう全く聴講しなくなっている状態で、フランス語に関しては今後それほど頼ることもなくなるでしょう。ただ、韓国語とドイツ語などといったものを再開する際は再度門をたたくことにはなりますが、それまでしばしの卒業ということになります。

 

外国語を独学で始める時にNHK講座ほど心強い存在はありません。この講座がなければ韓国語もそうですし、フランス語も今のように読書が出来るレベルまで来ることは出来なかったでしょう。本当にありがたい。わざわざ外国語教室にいかなくとも、自分のしっかりとして目的意識と時間管理、反復継続することを厭わない気持ちさえあればNHK講座が提供してくれる外国語講座はどれもあなたを十分に飛翔させてくれるだけのものを提供してくれます。結局は自分なんですよね。

 

道具の良しあしをあれこれ論じる暇があるのなら少しでもいいから文法を身に着ける、単語を一つでも覚える、本を1頁でも1行いいから読み進める…。外国語を身に着けるにはそれが基本で、そして最も大事な姿勢です。

 

卒業した今は自分の身に着けたものを現実的にどう生かすかだけを思案し、それを実現するための行動をするのみです。やはり外国語を学ぶ究極の目的は人と世界との接点を多く持つことであると考えるからです。

 

NHK講座を卒業しても証書はもらえませんが、まだまだこれから卒業しなければならなことも多く残っており、卒業証書は名目だけ存在して、実は死ぬまでその存在を目にすることはないものなのかも知れません。

読めなかった

[雑記]

1冊の本が300ページほどでしたら、内容や文字のフォント等の条件にもよりますが、おおよそ中国語なら1〰2日で読み終えてしまいます。でも、今はとにかくそらで書けない文字を意識的に書いたり、難読の書面語の読みの調べたり、朗読したりといった感じでまともに前に進んでいかないことが多々あり、結構遅読な感じになってますね。

 

現在読んでいる本は読了までに実に10日を要しました。ぺージ数にしたら350頁ほどのものですが、内容がとてもヘビーでして、途中で読むのが辛くなってしまうんですね…。また後日本の紹介をしようと思ってますが、今年一番の心のえぐられ方をされた感じです。こうした本はおそらく今中国語をやってなければ一生読むことはなかったでしょう。そういう意味から言えば、中国語を再開したことはある種の天意なのかも知れません。

 

読んでみて「すごい」と思った本を一緒に朗読したり、いろんな角度からの感想や意見を分かち合えるような場が本当に必要ですね。ただブログに書いて終わりなんてあまりに悲しすぎます。もっともっと語学力を磨いて「中国語で読む○○」なんていう集まりを催せたら…というささやかな夢が一つ生まれたところです。

流れ

[雑記]

スポーツなんかだとよく「試合の流れ」とか言って、目には見えないムードが両チームを支配したりすることがあります。多言語学習を実践している時も実はこれに似たような感覚が訪れたりします。

 

今は中国語で読書を継続しているのですが、この期間がある一定以上続くと、その流れが心地よくなり他の外国語への移行が難しい。結構これが厄介な事で一旦出来上がった流れを変えるのはかなり後ろ髪を引かれる思いでいっぱいになったりすることがしょっちゅう。

 

では、どうにかこうにか振り切るにはどうしたらいいのか?それには自分なりの対策があってそれは「どうしてもその言語で読みたいと思う本を手元に揃えること」これに尽きますね。となると魅力ある本をいつも探ることも必要になってきたりするんですけど、この作業もまた楽しい。アマゾンとかいったもので探すのは一番手っ取り早い方法と言えます。でも、もっと面白い方法は書評集なんかをパラパラ見ることでしょう。こんな作品があったのか!という発見が満載です。

 

多言語読書なんて言うは簡単ですが、実行してそれを継続させるのは至難の業。今それを痛感している最中であります。それでも、日本語や英語では限界のあった読書世界がグンっと広がったことは儲けもんで、やっていて良かったと感じることの方がむしろ多かったりします。

 

世界各国で翻訳出版される本と国内のみというものと二分されるわけですが、世界で広く読まれる理由はやはり読んでみると「なるほど」と感じる部分が多くあります。世界基準の本をこれからもどんどん読んでいければと自分としては一番の幸福ですね。

確定申告

[la vie]

確定申告に行ってきた。まぁなんというか、慌てていたので一枚書類を忘れてしまったためまた行かねばならない。メンドクサイ。でも、還付があるのでその面倒なこともやった甲斐があるというもんだ。還付金をどうするか?そりゃ勿論「書籍代」になりますね。

 

以前にFPの勉強していたんだけど、こうした知識はずっと触れていないと全然忘れてしまいます。あれ、どうだった?という感じ。全く役に立ちません。資格取得に一生懸命になってもその資格の中身を生活或は仕事に活かせない、活かす予定がないならその勉強時間やお金を他のことに使った方がマシ。最近はお役所も親切で外部の専門家なんて基本的に要らないくらいだもの…。これからの社会は資格とったら安心なんていうことはもはやないワケだから、自分が楽しいと感じることが何かってことをきちんと見極めることがきっと大事なんだろうな。

中国語検定受験票到着

[私的語学学習]

中検受験票が届いていた。いよいよここから始まるんだと身が引き締まる思いである。とは言っても全く緊張感も何もないのでふつうに受験して戻ってくるだけなのだが…。

 

今回は隣県の松江市で受検をする。なぜ?それは以前県内で1級を受検した際、めずらしさも手伝ってだろう、試験関係者がわざわざ私を見物に来る始末で、これにはなんといっていいのか分かんないけれど、非常に気持ち悪さを感じたのだ。そんなこともあって二度と県内では受検しないぞと決めていたので今回は松江行きを決めた次第である。

 

順調にいけば(というか順調でなかったらもう中国語なんてやらない方がいいと言ってもいいのだが…)来月2次口述試験そしてその後は英検準1級と仏検2級試験が待っている。どれも基礎的なレベルのものばかりだが、すべてはここからという意味もあり私にとっては大事な試験たちだ。

 

今年春から来年12月頭まで予定はびっしり。上海行きもそうだが、その間に台湾か香港に行くことも予定としていれているので、しっかり仕事することも大事だし、健康管理もぬかりなくやっていかねばならない。

 

そんなわけで今日はカレーライスを作って食べるぞ。

転換する

[通訳案内士試験]

本ブログはフランス語通訳案内士試験最終合格までの記録をつづるものである。これが大前提。

 

昨年末の口述試験後から再開した中国語も早3か月が過ぎ去った。この期間の中で私が強く感じていること。それは以前と比較すると格段に中国語の力がついたということだろうか。とにかく本を読むのが楽しい。その世界に浸っている一瞬一瞬まさに至福の時間なのだ。

 

そこで思った。こんなに面白く感じている自分をこのまま置いてけぼりにして、フランス語の試験に臨んでもいいのだろうか?と。

 

フランス語通訳案内士試験がなぜ思った通りにいかなかったのかははっきりその理由を説明出来る。合格するに至るまでにやっておくべきことも自分のの中では明瞭に描くことさえも可能だ。どういったレベルでの力不足なのかがはっきりしているのであるならば、力づくで何とか受かろうとするのはもっての外で、納得し、すっきりとした気持ちで合格証を受け取るのがあるべき流儀なのではないかと思い始めているところ。

 

そこで方針を転換した。

 

今年の通訳案内士試験はすでに受かっている『中国語』で受験をする。ではフランス語はどうするのか?それは検定試験を徐々に段階を経て受検をしていき、来年6月の1級試験をある程度の手ごたえを得られるようなレベルにもっていってから案内士試験を受験をする。

 

おそらく今年筆記試験を受けても受かるであろう。でもなんだか足元がよろよろした程度の実力でしかない訳なのだからまた口述試験でぼろくそになるのは目に見えている。

 

必要なのはあくまでの「実力」。それが絶対条件。それ以上も以下も無い。試験のための戦略とかいったものは邪魔になるだけのものでそれがフランス語の力を飛躍的に伸ばしてくれるわけでもないし、むしろ害悪となってしまうだけ。

 

今後自分が目指すのは「社会人のための外国語習得」という道。それを考えるとただ試験に受かりました、ではとても通らない。底の浅さがすぐに見透かされてしまうことだろう。ならば迂遠ではあるが、見かけだけの「すごさ」ではなく、名も実もある力を獲得してやりたいことを実践するのが実は一番の近道のように思う。

 

今年はフランス語で受験しないから読書もしない訳ではなくて、これまで通りの読書を継続していく。もっと知りたいこと、勉強すべきことが読書の過程で目の前に現れてきてそれをどんどん吸収していくことが必要だと感じているし、そうした知識は今後とても重要になってくるだろうと思うから。

 

たったの3か月という短い期間ではあったが、これからの道筋がくっきりと見通せるだけの経験を出来たのはありがたいことだと思う。ただまたこれから時間が過ぎれば違った感触も生まれてくるかもしれないが、常に学び続ける姿勢を崩すことなく、いつかそれを余すことなく社会還元出来る日が一年でも早く到来することを待つだけである。