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真夜中の図書室

通訳案内士試験(仏語)合格までの記録と多言語読書の日々

試験の性質と年齢とこれから

通訳案内士試験の受験者層はTOEIC試験のそれと比べるととても年齢層が高いことに気が付きます。なぜ?という詳しい分析やら研究やらをしているわけではないので決定的な結論を出すことは難しいんですけど、おそらく次のようなことが関係していると思ってます。

 

まず、TOEIC試験はスピードへの反応力が絶対的に必要になってきます。高得点をはじき出すためには一問一問をじっくりと考えていては間に合いません。こういった反射的な能力が試されるような試験はやはり年齢を重ねるとかなりキツイものがあります。つまりTOEIC試験の設計そのものがバリバリの仕事人向けということです。

 

そして試験内容の違いが挙げられるでしょう。一応TOEICはビジネス英語といった領域を絞った問題が種となっていますので、ビジネスの一線から退いたりした年齢層にはある意味これからの生きていく上で無用な試験でもあると言えます。通訳案内士試験は歴史や地理、一般常識等が試されることからまた勉強をしたいという中高年の方にとっては総合的に自分の能力を高め、合格後それを利用してまた社会で活動するための恰好の動機付けや後ろ盾にもなります。これは結構大きな要因な気がします。

 

個人的な正直な思いを言わせてもらうと、昨今の通訳案内士試験(特に英語の場合に限ります)は受験の要件を緩和しすぎてしまったために少しばかり変な方向に向きかけているのは確かですが、英語以外について言うとまだまだ受験価値も高い。

 

普段「これを○○語で説明せよ」とか国公立試験でもよく見られる和訳・英訳試験もふんだんに出題されるため日本語⇔外国語の言語ギアをどう変換していくかという特徴的な側面は語学的な好奇心を刺激され、他の試験では得られない楽しさ(同時に苦しさ)もあるように思ってます。完全に独断ですけど、こうした過程を「面倒臭い…」と感じる人は往々にしてTOEIC得点自慢をどこかでしているように感じてます。

 

普段私はTOEICを結構こき下ろした記事を書くことが多いのですが、何も存在そのものを否定している訳ではなく、お金と一緒でそれをどう利用するか?ということが一番大事な話でしょう。どれだけお金を貯めても、貯めることが目的で日々爪に火をともすような生活を送っているのではお金はたたの数字の積み上げでしかなく、あなたの人生を彩りあるものにはしてくれません。だから全ては「使い方」なんです。そして同時に私たちも数字によっていろいろと目をくらまされぬように普段の勉強を怠ってはいけないのでしょう。

 

またTOEICの場合点数は絶対評価であるのに対して通訳案内士試験は結構アバウトで、ある事柄の説明をAという視点からも表現できるし、Zという真反対の視点からも言うことも出来る。人それぞれの語彙量や経験などが反映されやすく、だからこそ面白味のある試験になっているのです。この面白味をその人の知性とか人間性とかと言い換えても良いかも知れません。

 

要するに通訳案内士試験はあなたという人さえもが試される内容なのだということです。こんな試験って他になかなかありませんよね。

 

この世の中は若者だけでできているわけでもありませんし、逆に高齢者のみで構成されているわけでもありません。同様に英語(や他の外国語も同様)試験についても何も昨今何かと取り上げられることが多いTOEICだけではありません。一事で万事を語り切ることは不可能ですし、一つの試験で多面的な語学力を測ることも同様に不可能な話です。

 

受験する側である私たちはその試験を受験することでどういった能力を引き延ばせるのか、受験後に獲得した能力を結局どう生かしていきたのかといった基本的且つ根源的な問いに対する自分なりの解をどこかで下しておくべきであって、ただ世間的に有名だからなんとなく…なんていう姿勢で受験するようなことは控えておくべきでしょう。さもないと高得点者をむやみに祭ったりするよな羽目にもなりかねませんし、そうなればあなたはただの『数字集め人間』に成り下がるだけで、英語も他の外国語も一生モノになるような水準を獲得出来ないでしょう。

 

そして大事なことですが、外国語をモノにするのに若い時が一番なんてことは決してありません。そして英語試験についてもTOEICが一番いいなんてこともありません。語学学習は時間が当然にしてかかる作業ですからあなた自身が3年後5年後そして10年後に何をそれで現実的にしたいのか?新年を迎えたこの時期に改めて問い直す意味は大いにあると思います。そして試験は実力が付いてから受けてみる…という姿勢ではなく、その後の学習の在り方・方針をきちんと定義するためにもまずは受けてみることも大事です。

 

いろんな試験の申込みがこれから始まります。落ちたら嫌な気分になるのは誰でも一緒です。私も嫌な気分にはなりますが、自分の不足しているものをまざまざと見せつけられることで学習している外国語がどんどん強化、深化させることがきっかけが頂けるのです。これはビッグチャンスですね。

 

要するに試験は鏡のようなもので目をつぶれば(=受験しなければ)何も知らなくて済むわけですが、それをやり続けると結局何も手に出来ないことになります。試験で分からないことがたくさんあるのはむしろ自分の伸びしろをたくさん見せてもらえることに他なりませんから、積極的に受けていきましょう。そのために支払う受験料はその後のことを考えれば物凄く安価なものじゃないでしょうか。

 

今年は例年になく語学試験三昧となります。都度都度試験の状況や結果そして感じたことをアップしていきますので、皆さまもただの傍観者にならず一緒に外国語学習やりませんか?