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真夜中の図書室

通訳案内士試験(仏語)合格までの記録と多言語読書の日々

表現者として

情熱大陸」を見逃し配信で視聴しました。スポットが当てられていたのは書家の中塚翠涛さん。所謂「書家」とよばれる人は世の中にはたくさんいらっしゃる。なにゆえにこれだけ注目されるのかは見ていてなるほどね、と思わされるものがありました。

 

一言でいうと「書家」というカテゴリーに押し込まれてお仕舞というような方ではなくて、あくまでも「表現者」が「書家」という形をとっているだけのものだということ。

 

表現するっていうのはものすごく単純そうなんだけれども、他の人に受け入れらるような表現を行っていくのはただ事ではない。番組を見ていてそんなことをまざまざと感じさせられてしまいました。

 

語学をこれまでずっとやってきたのだけれども、それをどうするのか?おぼろげでしか表現の行先が見えていない状態で、さてこの先も同じ事がだらだら続くのではないだろうか、、なんて時々ぞっとすることがある。考え過ぎてどこかしら自分を縛りすぎているところもあったりして、もうすこし視点を転換していけるような行動をしていくのがいいんだろうとつくづく感じた次第。何もあせる必要はない。でも、何をもってこれから自分を表現していくかはもっともっとビジュアライズしておくべきだろうと感じさせられた。