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真夜中の図書室

通訳案内士試験(仏語)合格までの記録と多言語読書の日々

ドキュメント

手持ちのキンドル端末がどうやら寿命のようです。一回のフル充電で理論上は2,3週間は持つはずなのですが、3日で尽きてしまいます。辞書として外出する際にはとても重宝しているものなのですぐにバッテリーがなくなるととても困ってしまうんですよね。この際ですから新しくなったキンドルFIREに乗り換えようと思います。

 

さて、録画でためていたドキュメンタリをいくつか消化しました。昨晩夜にNHKで放送されていたシリアのアレッポの病院に焦点をあてたものや、台湾の「イノセンス・ププロジェクト」そして香港をとりあげた「ドキュメント72時間」さらに上下2集ある「政府は嘘をつく」というオリバーストーンのドキュメンタリです。

 

いわゆるバラエティは原則的には見ない(「世界まるみえテレビ特捜部」は楠田枝里子さんの時から見てる。これだけは例外だね。)ので普段のテレビ視聴時間は0時間です。その代わりドキュメンタリを多く見るようになりました。刹那のお笑いで時間をつぶしてその日をやり過ごすことに少々疑問を感じていたことがその理由かも知れません。

 

さて昨晩放送されていたシリアの特集はもうどういって良いのか分からないくらい悲しすぎました。ドキュメンタリを見て涙が出たのは初です。国際社会は結局何も出来なかったんですよね。無力感は半端ない。病院さえ狙い撃ちするのは人間のすることではないでしょ?

 

こうしたドキュメンタリを見ていると私たちの生活は正に「奇跡的に平穏である」であるということを感じざるを得ませんし、そうした奇跡を当たり前に受け止めるのではなくもっと大切につないでいかないといけないという強い思いが心の中に生じてきます。年をとったからかも知れませんが、平和であることの有りがたみを感じることが最近とても多く、静かに本のページを手繰れるのも正に今日本が平和であるからこそなんです。

 

色々不平不満が生活の中にあってそれが悩みの種、なんていうこと考えてみればアホみたいなもので、何でもないことです。接する視点があまりに狭いからでしょうし、それが全世界になってしまっているからでしょうね。もっと外に目を向ければほとんどの悩みはなんでもないことなんだと気が付くはずです。それに気が付かなくなるほど感覚が鈍化するのを回避するためにも日々の暮らしに慣れすぎないようにすることも大事だなと思う今日この頃です。