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真夜中の図書室

通訳案内士試験(仏語)合格までの記録と多言語読書の日々

試験後の対応

試験の一つが終わりました。やれやれ終わったなぁという思いは一切無くて、むしろ自分の普段の不勉強さを感じたことが大きいです。問題用紙に印刷されている中国語を再度見直し試験をフルに利用し尽くします。

 

昨日の記事内で試験対策について私に聞いていたもう一人の受検生のことを書きました。私は彼の質問に対し簡単に「本を読んでます。」と答えただけで、それ以上の対応はしてません。なぜなら、試験の”対策”を念頭に置いた日常の語学学習などばかげていると考えているし、合格至上主義に陥り、小手先の技術だけに必死になっても得られるもの、残るものなどないと分かっているから。

 

それに、そうした質問する人というのは試験の結果だけが大事であって、ダメならふさぎ込み、良ければ逆に自分の能力を信じられないくらい過大評価して、試験後の学習をおろそかにしがちだからです。

 

語学学習に終わりはありません。卒業証書が発行されることは無いのです。試験に受かる受からないなどということに拘るあまり、本来の語学の力つまり言葉の力をつけることを怠ってしまうことはあってはならない事です。でも、試験に受かることに血道をあげる人があまりに多いのは世の中が「結果」の価値を重視しているため。「結果」を出すことは資本主義経済においては最上位に価値がおかれることですから、語学に対しても同様の姿勢で臨んでしまうのも理解できない訳ではありません。

 

然しながらやはりそれでも結果のためなら手段を択ばず…的な学習には個人的非常に強い違和感を覚えてしまいます。この辺りの現実と理想との葛藤はいつも私の中にあるテーマでこれはおそらく今の社会の構造が根本的に変わらない限り、結果至上主義が主流であり続ける傾向は変わることはないだろうと考えてます。

 

さて、次は口述試験があり6月の英検と仏検があります。普段の学習メニューをどのように配分していくか、どんな内容を盛り込んでいくかがとても難しく頭が痛いところです。語学力をつけることに主眼を置いているので結局は自分のオツムが欲するところに従って養分を与えてやるだけでしょう。それしか出来ないですし、それが根本だと考えてます。