真夜中の図書室

通訳案内士試験(仏語)合格までの記録と多言語読書の日々

オモロすぎると後が怖い

読書継続中。何と言っていいのかわかんないけど、中国語をメインした読書をしているとその入手困難さに辟易としてしまうのと同時に、オモロイ本(※笑える本ということではない…)をきっちり選ばないと損だよなぁと思うことが多くなってる。これが日本語とか英語そして仏語だと昨今のネット環境のおかげでサクサクとそして安く手に入ってしかもいくらでも読めるから逆の読む気が失せてきたりするから変なモンである。

 

そんなわけで読書をするのはいいけれどオモロすぎると、その本を終えた後の虚脱感と言ったら半端ない。今読んでいる本もおそらく高い確率でその一つになると思う。

 

ところで、オモロイ本を探していると今まで聞いたこともないすごくオモロそうな本にばったり出くわしたりする。まさにセレンディピティだ。ネットで検索かけるとその本に似た傾向の本も表示されたりするから、図書館や書店でぶらぶらするよりもより効率的に本選びが出来るようになったのはうれしいもんです。だから本を読むのはやめられない。

 

もっと若い時に読んどきゃ良かったとか言う人よく居る。でも、若い時にたくさん読んだからすげぇ人間になるかというとそうでもないと思うし、逆の年を重ねてからの読書体験の重みやら深みを知ることの方が人生を生き抜く上でより大事じゃないかと考えてる。だってどんどん周りの友人知人がいなくなったりするからね。その喪失って読書から獲得できるもので何かしら相殺される作用があったりするかも知れないし。必ずしも現実世界に生きている人間だけに頼って生きている訳じゃないと思うからね。

 

ま、どんな言語で読むにせよ、世界中にはオモロい本がたくさんある。それを読まずに死んでしまうなんて勿体ない。現実逃避とか言われてもいい。やっぱり本を読まない人生はまっぴらだから。