真夜中の図書室

通訳案内士試験(仏語)合格までの記録と多言語読書の日々

仏語通訳案内士受験日記DAY4

試験を受ける、受けないというのは個人の自由です。受験料、受験地そして受験日が必ず日曜になるという問題がありますから。

 

この間、口述試験を受けてきたのですが「準1級」という割かし世間一般ではレベルが高めと思われている試験でも蓋を開ければ小学生レベルの事をやらされる羽目になったりしてえらくズッコケました。そうなんです、結局試験のレベルのとらえ方というのは所詮は「幻影」でしかなくて、小さなものを非常に大きなもののように見てしまって、こちら側が勝手に怖気づいてしまってることがザラにあるような気がしてます。

 

相手は幻影なのにとてもリアルに巨大な存在に見えてしまっているから、試験でも緊張が高ぶりすぎてうまく調子が出ないなんてことあるでしょう。まぁこれも言ってしまえば究極的には実力不足なんですけども、その実力を出すためのチャンスがあまりにも刹那的なんですよね試験というのは。相手は紙きれですから交渉も出来ません。そんなの現実世界では全く存在しない出来事です。

 

逆に、試験巧者で試験に受かってしまう人でも実際の現場ではしどろもどろなんていう人も実際に居ます。加えて本も満足に読めないなんてこともある。

 

じゃあ何が一番なんだろうって思うんですけど、とどのつまりは自分の目的、業務の用途とかいったことと合致していればいいワケで、試験が必ずしもそうしたものをうまくこなせるようになる一助になるかというと必ずしもそうじゃないこともあります。

 

繰り返しますけど試験は所詮は「幻影」です。

 

とある県の通訳案内士会が動画サイトに動画を投稿していたのを以前見たことがありますが、まぁ、これで?というような感じでしたね。本人には申し訳ないですが…。これも試験が「幻影」であるということの証の一つでしょう。

 

あんまり試験、試験と神経質になってもそのエネルギーと結果とかうまく釣り合わないことなんてしょっちゅうですし、試験に合格しても生活の中に有効に活用している人なんて果たして一体どのくらいいるのか?という感じでしょう。だから、「幻影」に対しては無駄に力まずに対処するのが一番ですし、語学試験なんて日本人と韓国人くらいしかワーワー言わないもんですので、自分の求める能力を日々吸収し高める努力をすることだけを続けることが一番大事なことなんだと考えてます。