真夜中の図書室

通訳案内士試験(仏語)合格までの記録と多言語読書の日々

仏語通訳案内士受験記録DAY20

よく「死ぬほど」というフレーズを耳にします。要するに一所懸命という表現以上に激しさを加えたい場合に用いるものですね。

 

でも、死ぬほど、とか言って本当に死ぬ人は居ません。どこかでセーブしているはずです。なぜなら死ぬほどやって何かの結果を生きて享受したいという思いがこのフレーズにある為です。そう、結局よりよく生きたいために人はこうした言葉を用いて自分の枠や限界を押し広げようとしているでしょう。

 

個人的には死ぬほど学習をやることはありません。いつも自分のペースでやっているので極端に1日だけたくさんやるとか或は逆にやらないとかいったことは無いためです。そして死ぬまで続けたいことを今も明日もやるわけですから、死ぬほどのことをやる必要もありませんし、そこまで無理する必要性も無いと考えていることも大きいのだと思います。

 

よく死ぬ気でやる!と軽々に言う人が居ます。でも、受験やら就活とかいったものであれば分からなくもないのですが、一定の生活が満たされていて、更にその上に死ぬ気でやらねばならない事って一体何なのでしょうか?死ぬ気でやれば何でも出来るなんて言う人も居たりしますが、その人の身の丈や才能、そして人生のビジョンに合わないものを死ぬ気でやったところで一体何が得られるのでしょうか。

 

死ぬ気でやる必要なことって実際は何もなくて、所詮は自己満足と承認欲求が強いだけなのかもしれません。そんな風にしてみれば、よりよく生ききるために自分が没頭できるだけのことを普段から毎日コツコツと毎ぺースでやれることがある人は幸福の極みにあるのではないかと思ったりしているところです。