真夜中の図書室

通訳案内士試験(仏語)合格までの記録と多言語読書の日々

読書

仏語も中国語の学習でも読書がメインです。以前は音声を通じて学習をしている「つもり」でした。でも音は消えてしまいます。そこに残せません。だからいくら聞けてるつもりでも、自分に言葉がしっかり形成されているかどうか実感が伴なっていませんでしたし、実際に力がついてなかった気がします。気分とかフィーリングで語学学習に取り組んでも仕方がないのです。

 

1年前と比較して仏語の入り方が全く違っていることに自分でも驚かされます。確かにまだまだ語彙不足は否めません。しかし、頭の中に浸透してくる言葉が構築してくれる世界はとても鮮明で確かな感覚をくれているようで、全く疲労感を感じないのです。むしろ「もっと…」という欲さえ湧き出てくるようです。

 

成長というのは自分の過去との対比によってようやく確認できるものでテストのように点数評価ではない他の、自分でしかわからない指標で確認されうるものだと思います。こうしたものの積み上げがあってこその「学ぶ楽しさ」であるのではないでしょうか。何も試験で合格したということのみに楽しさを覚えるというのは異常な感覚であってそれにはどこか常に他人評価を気にしながら生きなければならない苦しささえ私は感じるのですが、どうなんでしょうね。